幼美つれづれ草 −第24回− ものづくりにいざなう


 

子どもが自分からものを作る時とはどのような時かなと考えると、Sちゃんの事を思い出します。Sちゃんを担任していたのは、4歳と5歳児クラスの時です。Sちゃんは活発で聡明な子どもでした。でも、絵を描くことが苦手で、いつも考え込んでしまいました。

4歳児クラスの時、でんでん虫を散歩先で見つけ、クラスで飼うことになり、でんでん虫とあそび、お世話をするうちに、子どもたちの興味関心が高まっていきました。そこで絵を描くことにしました。その時もSちゃんは、考え込んでいましたが、Hちゃんのとなりにいき、Hちゃんの絵をじっと見て描きはじめました。Hちゃんと、Sちゃんは仲良しでいつも一緒に遊んでいました。いつもはどちらかというとSちゃんがあそびをリードしている様子でしたが、絵を描く時は二人の関係性が逆転します。

5歳児クラスの時、色んな廃材や紙、紐、糸などを置いたコーナーを作りました。Sちゃんはものづくりがとても好きです。特にHちゃんと一緒に遊ぶものが作りたくて色んなおもちゃを自分で考えて、何度も作り直し作っていました。どれも、創意工夫が卓越でした。友達と関わりたいという思いが、物作りへの意欲へと導きました。そして、そこには大人からの縛りがない、子どもの自由な空間がありました。

違う年の5歳児クラスの時に「くすのきだんち」という絵本に出会いました。保育室いっぱいに、段ボール箱、牛乳パック等の廃材でいくつかの、部屋を作りました。グループごとに、そこで食事をしたり、昼寝をしたり、当然遊んだりしました。まさに生活です。必需品の机も牛乳パックで作りました。牛乳パックの机は狭くて、食器を置いたら、どうしてもコップが落ちてしまい、あちこちで、お茶がこぼれました。するといつのまに、誰が考えたのか、牛乳パックのコップおきが流行っていました。それは底から、2㎝ほどの所を輪で切ったものを机に貼り付けたものですが、コップが、見事にすっぽり入り機能を果たしていました。

また、使っていくうちに、牛乳パックの机もひしゃげ、真ん中にくぼみができます。それを、耐久性のあるテープで、何度も修正していました。その生活は子どもたちの意向で約5ヶ月間続きました。 子どもは生活の中で、自分たちが使うものをより良くしようとする時に、物を作ろうとします。そこは、友達とのコミュニケーションと創意工夫がたくさんある空間でした。

定年後、保育士養成校の造形の教員をする機会がありました。学生たちは、若く元気で、流行りに一早く敏感で携帯を使いこなし、一見、きらびやかにみえます。しかし、なんとなく自信が持てず、それぞれ何かしら悩みを持っていました。また、私たち教員には、本音はなかなかいいません。

造形の授業では、なるべく学生のいいところを言葉にしようと心がけました。すると、造形の授業の中で、物を作りながら、ぽつりぽつりと思いを話す姿が見られるようになりました。何でもない世間話や、推しのはなし、ファッションの話などたわいもないものばかりですが、自分を出すことで、少しずつきもちがほぐれていきました。また、作品の中のいいところを見つけて伝えると、少しずつですが自信みたいなものが生まれていました。人はいくつになっても、認めてもらえる空間が大切なのだと思いました。

今、私は、子育て支援センターで働いています。そこにあるおもちゃは、ほとんどが保育士の手作りです。その中にウサギ、リスの形の、引っ張るおもちゃがあります。それは、貸し出し用のおもちゃの一つですがとても人気があります。足の部分は車になっていて、子どもが引くと、本物のウサギ、リスが、走っているように見えます。そこには作者の何でもない仕掛けがありました。

ある日、年長の女の子が「これはどうやってつくるのですか」と訪ねてきました。残念ながらその日は作者が休みの日で会えなかったのですが、その後何度も会えるまで訪ねてくれました。母親が言われるには「本当にこのおもちゃが好きで、家で似たようなものを作りました。でもなかなかこの動きが出せず、作った人に聞きたいとずっと言っています。」とのことでした。その後もそのおもちゃの事を訪ねてくる子どもと、保護者が何人かいました。どんな風にできているのか、自分も作ってみたいという創作意欲を、間接的に導いた技と、それを大切にはぐくもうとする親の思いのある空間でした。

保育園、幼稚園ではどちらかといえば、描画の方に重きが置かれがちです。私も現役でクラスを持っている時は、どのように絵を描こうという思いに捉われていたと思います。

一人ひとりの表現は絵を描くことだけでなく、造形活動そのものの中にある。極端に言えば、作品などできなくても、作り上げていく、描き上げていくその時間、経過、空間の中にこそ価値があるのかもしれない。また、子どもが主体的に物作りをしようと思う空間は大人からのいらない指導、縛りはなく、ただただ自由で、ありのままを受け入れられているという安心感が根底にある環境でなければならないのではないかと思います。

 

プロフィール

立石 知恵美(たていし ちえみ)

京都市伏見区桃陵乳児、桃陵保育園にて40年間、保育士として働く。

現役中から現在までの約15年、京都幼年美術の会のスタッフとして造形活動の研修会の企画、運営に携わる。定年退職後、2年間保育者養成校にて、造形、乳児保育、表現Ⅳ総合の教員をする。

現在は、滋賀県大津市の子育て支援センター子育て広場ゆめっこにて保育士として、子育て支援に携わる。