幼美つれづれ草 −第7回− 楽しいのだからしかたない



先生は青ざめる、参観のお母さんたちの表情は曇る……

ある幼稚園の四歳児クラスの母の日参観(最近では多様な家庭状況への配慮から少なくなりましたが)での話です。先生が用意してくれたペールオレンジ、赤、黒の共用絵の具を使ってお母さんを描くという活動がはじまりました。

先生は「みんなは、お母さんのどんなところが好き?」と問いかけました。すると、こどもたちは口々に自分のお母さんの好きなところについて教えようとしました。先生は「うわぁ、みんな教えてくれたけど、一度に全部を聞けないので、今日はみんなの大好きなお母さんを絵に描いて教えてね」と導入しました。

描き出したときには、大好きなお母さんをイメージし、その姿や様子などを描こうと筆を持ちました。必ずしも顔をペールオレンジで描くのではなく、黒や赤で線描していくこどもも少なくありません。それでも、ちゃんとお母さんらしき人物やそこからイメージが広がり家族の姿などを描き加えていく子もいました。

ここまでは、先生の予定通りの展開だったのでしょう。しかし、完成したと思われる作品を回収しはじめる頃には、至る所でこどもたちが、塗たくりをはじめたのです。せっかく描けていた顔も3色の絵の具が混ざり合って何がなんだかわからなくなっていきます。

「新しい紙あげるからもう一度描こうか」などと先生は、額には脂汗をにじませながら言うのですが,こどもたちは聞く耳を持たず,楽しそうに塗たくりを続けます。参観のお母さんたちの微笑みも引きつり笑いへと変わっていきます。

先生は青ざめる、参観のお母さんたちの表情は曇る……

でも、こどもたちの目は、ますますキラキラと輝いていきます。

それはもう気持ちよさそうに、絵の具をたっぷり含んだ筆を走らせているのです。絵の具を使い始めたのはつい最近のことです。まだまだ、絵の具で描く感触を楽しみ、偶然混ざり合って生み出される色彩の変化に心躍らせているのです。その表情からは「楽しいのだからしかたないよ!」「まだまだ、絵の具で遊ばなきゃ、描く道具や材料にはならないのだよ」と私たちに教えてくれる声が聞こえてきそうです。

 

プロフィール

大橋 功(おおはし いさお)1957年11月28日 京都市生まれ。

岡山大学・大学院教育学研究科 教授

専門は、美術教育・美術科教育

日本実践美術教育学会・会長

日本美術教育学会・代表理事

大阪市立中学校美術科教諭、佛教大学教育学部助教授、東京未来大学こども心理学部教授を経て現職。幼児期から青年期にいたるそれぞれの発達段階における子供理解に根ざした造形表現・図画工作科・美術科の学習指導と関連する教師教育について研究している。

 

主な著書など

「教師をめざす若者たち」(2000年、プレジデント社)

「日本美術101鑑賞ガイドブック」「西洋美術101鑑賞ガイドブック」(2008年、三元社)

「美術教育ハンドブック」(2018年、三元社)

「美術教育概論(新訂版)」(2019年、日本文教出版)

※幼年期の造形表現・美術教育の専門雑誌(季刊)「美育文化ポケット」編集統括

※造形活動Youtube 「いろみずあそび」